遺書と恋文

頭痛腹痛毘沙門天

さよなら世界、おやすみ世界

先日、深夜2時ごろだったか、ふたたび飛び降り自殺を企図した。きっかけは分からない。次こそは完遂させてやるからな、と静かにこぶしを握り。一度失敗して後遺症がのこってしまった事実と、徹底的にさまざまなケースを想定したうえでやっと死ねるわけで運が良くないとそう簡単にできないという教訓はちゃんと持ったままだ。

でも僕はあらゆるものを失ったので、他人にこそこの方法を勧めないが今以上の後遺症を覚悟で未遂に終わること(もちろん完遂させたいけれど)も死もまったくこわくなかった。

結果だけ言えば、自殺に失敗したどころか、結局企図するのみに終わった。

場所は前回と同じく自宅。容易に侵入できる高い建物を僕は知らない。せめて失敗から学んだ意識的に頭から落ちればあるいは…と思って賭けに出た。

しかし3年前の一件から屋上は施錠された。鍵の在り方は今もわからずに隠されている。

こうTwitterで募ったところ、クレジットカードにバールや六角レンチなどの工具、難易度は高いけれどヘアピンでピッキング。そのなかでせめてできるのはクレカだったが全くだめだった。

https://twitter.com/Syndrome491984/status/1156951762160377856

そして僕はこれを選んだ。足にうまく力が入らないので全体重をかけて体当たりすること、それから幸いにも階段には脚立や重くて硬い、鉄扉にも対抗できるようなものがいくつかあった。僕は体をぶつけて疲れては道具をガンガンと打ち付けて、と繰り返した。ただでさえ猛暑だというのに風の入らない踊り場は蒸され、ふうふう汗をかいて茹だりそうだった。あたまがくらくらしてきたころだ。

「なにやってんの?」

弟が階段を上り、突然やって来た。探し物をしてくるからあっちの家(我が家は増築しているので家が3つある状態の構造)に行くと言っていたので一応覗いてみたらしいが、僕の起こす騒音に驚きやってきたそうだ。

正直に話した。するといっしょにやってくれるとのこと。3年前は僕が入院中ひたすら母がヒスっていたらしく邪魔されると思ったので意表を突かれた。ただし「前のとき家のなかにいても音聞こえたんやろ?落ちるの聞くの嫌やから、僕が聞こえない場所に行くまで待っとって」と条件付きだった。もちろんそんなこと快諾する。

それからふたりで鉄扉を破壊するためひたすらひたすら蹴ったり体当たりしたり道具を打ち付けたりした。

壊れた。というかへこんだ?ギリギリだけど人ひとり抜けられるような。本音を言えば「何十年も経ってずいぶん老朽化してるとはいえ、鉄扉が壊れるなんてことあるのかよ…」という気持ち。

自分だけでは到底無理だっただろうが、184cmで90kg近くあるデb…恵体の弟が協力してくれたおかげだ。深夜の屋上からはオレンジ色にライトアップされた橋が見え、その反対側はぽつぽつと看板などの光があった。

鉄扉をぶちあけるための脚立は壊れたものの、屋上を出てすぐのところにもうひとつ無事な脚立があった。僕らはがちゃがちゃと組み立て給水塔へと上った。

市街地は電灯と駐車場の灯りだけだった。僕の目には3年前の夕方とはまるでちがう場所に映った。

何するわけでもなくふたりで給水塔に立ち尽くし、さて、と僕は履き物を脱いだ。弟は「まだやめてね。まだだからね」と最初の条件に念を押した。いくらでも待つさ。死んだあととは言え、スマホが壊れたらもったいないな〜と貧乏性が出て、足元を撮影したあと地面に置いた。

じゃあ…と弟に話しかけながら顔を上げると、そこから見える景色が、なんでもない景色がこわいくらいにうつくしかった。

僕は弟を引き止め、彼に「ねえ見てすごいよ。すごくきれいやわ。きれいやお」と言った。

「そう?夜なんていつもこんな感じやん」と素っ気なく返ってくるのみだったが。

脱いだ履き物に足を入れ直した。それからもう一度オレンジ色に光る橋を見た。星はひとつもなかった。給水塔にはすこしだけ風が吹いた。

「戻ろう」とだけ言うと弟は何も言わずに脚立を下りた。下りながら僕はお母さんたちには黙っててや、共犯や、と脅し文句を告げ。それからまた違うもうひとつの家のベランダでいっしょに同じ酒を飲んだ。

僕を殺そうとする世界が僕を生かすなんておかしな話だ。今でも衝動的に死を選んだこともそれを踏みとどめたことも、その理由はわからない。ただ分かるのは、人生ってつらいなあということだけだった。そんなこと、ずっと前から知ってる。